アカペラEXPO その3


私もこんなことは初めてなのでとても驚きました。
まさかあんな場面に出くわすなんて思ってもいませんでした。
その日は朝からとても晴れていました。
9月とは言え日差しも強く、朝から気温も30度を超えていました。
万博会場に来るのはその時で3回目でした。
これまでは子供を連れての来場でしたので、パビリオンに長時間並んで疲れ果てた子供をあやすのに大変な思いをしましたが、
今回は一人気楽に会場内を散策しようと朝から会場を訪れました。
予想通り、人気パビリオンであるアメリカ館は朝から長蛇の列で、途中から規制がかかるくらいの人だかりでした。
今回はさすがに無理かなとアメリカ館を横目に過ぎようとしていたところ、どこからか歌声が聴こえてくるのに気が付きました。
はじめは会場のスピーカーから流れてくるのかなと思っていたのですが、それが間違いであるとすぐに気が付きました。
流れてくる歌はおよそ大阪万博の会場とはマッチしないものだったのです。
私の耳に入ってきたのは、昭和の名曲「兄弟船」でした。
まさか大阪万博の会場で演歌が流れてくるとは。ちょっとした驚きと好奇心に背中を押され、歌が聴こえてくる方へ歩みを進めていきました。
アメリカ館とフランス館のちょうど反対側にその場所はありました。
野外ステージではとあるイベントが開催されていました。
そのイベントとはアカペラ。声だけを使った無伴奏の音楽イベントだったのです。
私が耳にしたのは、ぷっちだるという男性5人組のバンドでした。
後で知ったのですが、このぷっちだるはちょっと変わったバンドで、昭和のアニメソングなど懐かしい曲をメインに歌うバンドでした。
歌うよりも喋る時間が長いことで有名らしいのですが、今回はなぜか歌ばかり歌っていました。時間の都合でもあったのでしょうか。
次の瞬間、会場にはわっと歓声が上がりました。そして、私の口からも思わず「おお!」と声が漏れてしまいました。まさかこんな曲が聴けるなんて。
その歌は、「ペガサス幻想」。私の年代では知らない人間はいないでしょう。言わずと知れたアニメ「聖闘士聖矢」の主題歌です。
私の脳裏にはオープニングの映像がまざまざと思い起こされました。
こちらに向かって走ってくる聖闘士たち。
「聖闘士聖矢」という番組タイトルのロゴがキラリと光り、「抱~きしめた~♪」という歌声がオーバーラップしました。
歌を聴いてこんなに心が熱くなったのは初めてでした。
目頭が熱くなったわけではありません。
なんだか心の中に火が付いたような、そんな熱さを感じました。
気が付けば、私も観客の中に混ざって声を上げて声援を送っていました。
3曲目はどんな曲が来るのだろう?土曜日の夜7時にやっていた番組の後だからあの曲ではないか。
私なりに予想をしてみましたが、その予想はあっけなく裏切られました。
「キューティーハニー」
何でその曲なんだ!
本当に良い意味での裏切りです。
男性のバンドなのになぜキューティーハニーなのか。
私のボルテージはどんどん上がっていきました。
次の曲も思わず身震いがしましたね。
「かつて、男たちは闘い、天に地に散っていった!」というシャウトを聞いて、子供の頃マジックで胸に7つの傷を書いて母親に怒られたことを思い出してしまいました。
あの頃、誰もが「TOUGH BOY」だったなと感慨深く思いました。
そして、その場面が遂にやってきました。
どこかで聴いたことがある前奏、ベースラインとパーカッションがリズムよく刻まれ、ホーンセッションを想起させるコーラス。ラテン系のこの感じに、私もますます前のめりになってしまいました。
その曲は「Gold Finger 99」、郷ひろみさんがカバーをした正に時代を彩る名曲です。
私は目を疑いました。リードボーカルが客席の方に歩いてくるではありませんか。
一体何が起こるのか。他の観客も何が起こるのだろうとワクワクしていました。
え、それのどこが驚くところかって?
違いますよ。驚くのはここからです。まさか、こんな光景を見るとは思っていませんでした。
調子に乗ったリードボーカルは観客をあおります。
次々に観客にちょっかいを出した後のことです。
「すいません。元に戻ってください。」
何とスタッフからストップが入り、リードボーカルがすごすごと退散するではありませんか!
あの時の背中がどれだけ寂しそうだったか。
ヒートアップした観客が舞台に上がろうとしてスタッフに止められることはあります。
しかし、演者が調子に乗って客席に降りてきて、スタッフから「ハウス!」と言われるのは見たことがない。ちゃんと事前に打ち合わせをしていなかったのでしょうか。
それにしても、あのぷっちだるというバンドは本当に変わったバンドでした。
見たことのないものを見せてくれる、そんな不思議なバンドでした。
また次の機会があればファンの1人として、演者が客席まで下りてきてくれるのを待ちたいと思います。
(大阪市在住:P.N. ぶっちだる大好きっこ)

